簡潔に述べてしまえば、
「政治や投票へのきっかけづくり」・「投票が楽しいものとなるように」・「投票率アップ」に向けたプロジェクトです。

 

 


「 自分の1票くらいじゃ、なにも変わらない。 」
そう言われるかもしれません。

 

それでも、このプロジェクトは1人の高校生の声から生まれました。

 

 2013年。参院選を翌週末に控えた頃のこと。

 仙台で毎週金曜に行われているデモに、声をあげる高校生の姿がありました。

 

「 自分には投票権がないから、投票に行ってほしい。 」

 

高校生の彼が叫んだ矛先は、政治ではなく。政治家ではなく。

大人たちの、選挙・投票への無関心。

 

1人の高校生の想いや行動に、なにかしら応えたいと思った1人。

 同じように想いを寄せてくださった1人。活動に共鳴してくださった1人。

 社会や未来に、はたらきかけをしたいと感じていた1人。

 協力店さんをはじめ、プロジェクトの周知、投票を呼びかけてくださった方々。
お店や施設へ、協力をはたらきかけてくださった方々。
スタッフの方がお店のオーナーにはたらきかけて、参加してくださった協力店さんもいます。
そもそもは1人の高校生の声を起点に、1人1人の想いと行動が募ったものです。

 
投票に行かれた方に、ちょっと嬉しいサービスを提供。
せんきょ+plusのようなプロジェクトは全国各地にあって、
全国各地で発起せざるをえないほどに、この国は政治・選挙への関心も投票率も低い。

かつて選挙権は、税金を多額に納めていた富裕層・25歳以上の男性のみに限られていました。
今から約100年前は人口の5.5%程しか選挙権を持ち得ていなかった。
選挙権を得るための数々の市民運動。それに対しての政府の弾圧を繰り返しながら、
普通選挙といわれる、20歳以上の男女に選挙権が認められるようになったのは、1945年のこと。
そして70年足らずのうちに、高校生がデモで「選挙にいってほしい」と叫ぶ国になった。

 

 
「政治が信じられない。」という声もあると思います。
わたしは震災を経験し、震災後の国の対応にひときわ強い恐怖を覚えました。
そして、政治に無関心でいることへの恐怖も。
「わたし」が守りたいものと、「国」が守りたいものが同じとは限りません。

 ’ ゆたかさ ’ という言葉ひとつでも、思い描くものは1人1人異なります。
政治が信じられない。

 だからこそ 、関心を寄せる必要性が強い時代だと考えます。
蔓延する 「無関心」と「他者への依存」が、政治を支える一端にもなっています。

 

 日々の仕事や暮らしの忙しさの中、選挙や投票に意識を傾けられない方も多いでしょう。

 それでも、選挙は数年に1度のオリンピックのような機会。

 今の選択が、この先の未来に作用していきます。

 簡単なボートマッチや、情報がまとめられたサイトで自分の考えや各党の政策を確認できたりします。

 1日のちょっとした時間と意識を傾けてみませんか。

 

「 周りに選挙に行く人がほとんどいない。 」 という声にも多く触れます。
「 なぜ行かないの! 」 という意見の違い方ではなく、
「 ちょっと嬉しいことがあるから、投票に行ってみない? 」と声をかけてみませんか。

 相手の反応が、いつもと少し違ってくるかもしれません。

 

 

普段、メディアや音楽、文学など様々な場で、「あなたは素晴らしい」というメッセージが溢れながら、

 選挙時に「自分の1票では変わらない」と思ってしまう。もしくは思わされてしまうのは何故でしょうか。

 わたしの手には1票分。

 それでも、1票を持つ「わたし」の可能性は多彩です。

 小さなアクションでも、誰かにとっての光になることもあります。

 

アクションを起こしても、相手やSNSでの反応が思わしくないかもしれません。

自分以外の、他者の意識や価値観・行動へのはたらきかけです。

すぐに、簡単には変わらないことも多いでしょう。

まずは自分が楽しむこと。楽しく淡々とつづけていくこと。

そして、楽しくつづけていくには、想いを共有する人との出会いが大きな力になります。

 

近くに共有できる人がいなかったり、話し合える人が見つからなかったり。

毎日悲しいニュースに溢れて、世界は真っ暗な闇のように思える日も。

言葉にしてみると、ちょっと踏み出してみると、同じような想いを抱く方に出会えるかもしれません。

そして、世界は広い。

わたしは、旅や暮らしの移り変わりの中で、全国各地で想いをわかち合える方々に出会えてきました。

そうした存在や出会いの有りように、希望を見出します。

暗がりの中にも、光はあります。

 

 
選挙で、世界が一変するわけではないけれど、「わたし」の世界が変わるきっかけにはなると思います。
「わたし」が変わらないのに、周囲や社会、国が変わるわけはない。
選挙・投票を通して、望む世界を想い描く。語らう。行動する。
選挙で問われるのは、「わたし」の意思と在り方。

 
せんきょ+plusをはじめたことで、わたしは選挙への目線・関わり方が、とても多面的なものになりました。
自分ができる範囲のことで、選挙や社会にはたらきかけができたり、周りの方々と想いを共有したり。

 プロジェクトを通して、様々な人と繋がることができたり。未来の話を交わせる場や輪が広がったり。


選挙や投票というと、ややこしくむずかしくなりがちですが、暮らしと政治は地続きです。

苦手なピーマンが美味しく食べられたら、ちょっと嬉しいように。

選挙にちょっと楽しさを見出せたら、今までより日々の楽しさが広がります。

そして選挙は、全国で地域で、皆が一斉にこれからの在り方を考えられる機会でもあります。
どんな未来を選びたいか。
想像を膨らませてください。
そして、選挙に行かないことで訪れる未来のことも。

 

 

わたしは、選挙や政治について深い知識や関心があったわけでも、活動家でもありません。

デモで叫んだ高校生の声を、唯々掬い取りたかった1人です。

かつて、「自分の1票くらいじゃ、なにも変わらない」と感じていた1人として。

選挙権を持つわたしが成せる形での、その声への応え方。

 

プロジェクトを始めた頃。

選挙権を持たない年頃の子たちが、「 せんきょ+plus が楽しそうだから、早く選挙権を持ちたい。」 と

思ってくれたらいいな、と話していたら。

ある参加店さんから、「うちの子(当時、高校生)が、お母さんとせんきょ+plus が楽しそうだからと、

早く選挙に行きたがっている 」という話を聞いて、涙腺が緩みました。

政治や選挙の話になると、諦めや不満を口にしがちですが、
こどもたちにとって、自分を護ってくれるのは。未来の指針や姿勢を示してくれるのは。
遠くの国会議員ではなくて、身近な大人じゃないのかな。

選挙、投票に関して、「教育の重要性」についての話題も度々あがりますが、

学校などの現場だけではなく、まずはおうちで。地域で。

こどもたちの前での大人の在り方を、見つめ直してみませんか。

 


せんきょ+plusは、この先も続いていく選挙、そしてこれからの暮らしや未来のために、

政治や選挙に関心へのきっかけを紡いだり、楽しさを見つけだしたり、気軽に語り合える地場づくりの

助力になれたら嬉しく思います。

 

そして、2013年当時、選挙権を持たなかった高校生の彼へ。

まだ選挙権を持たない年頃の子たちへ。

 

あなたたちの想いに応えたい大人も沢山いるよ、と伝えたい。

 

 

せんきょ+plus には、「明日」と「わたしたち」の意味も込めています。
明日のために、わたしたちができることを。